校長室から

校長のひとり言

西中学校の様子

西中学校区の小中学校では、連携して指導を行うために、定期的に校長や担当が会議を行っています。今日は、校長会議で、西中学校へおじゃましました。本校から入学した1年生の様子を聞き、授業を見させていただきました。丹生小学校出身者をはじめ全ての生徒が、授業のねらいに沿ってしっかりと学習を積んでいる様子を拝見しました。スムーズに中学校生活を送ることができるよう、できるだけギャップをなくしていくとともに、学力をしっかりと身に付けてから送り出せるようにしなくては…と改めて思いました。

下校

分散登校が始まりました。通学班では、上学年の児童が気を配り、安全に連れてくる様子がうかがえ、「立派だなあ」といつも感心しています。ここ数日下校の際には、子どもたちと一緒に歩いています。今日は、原方面です。普段車で通っていますが、歩くことで分かったことがいくつかありました。日陰がないこと、車が結構なスピードで通り過ぎること、思ったより急坂なこと…。このような状況の中で、子どもたちは頑張って学校に来ているのだなあと、改めて感心しました。様々なことに注意しながら、安全に登下校してくる子どもたち、そして、安全面・健康面に配慮してくださっている家庭・地域の皆様に、感謝です。

ひとり言

令和初の卒業式が無事終わりました。今年度は、思わぬ事態で縮小しての卒業式を行わなければならなくなり、卒業生や保護者の方々の心中を察すると断腸の思いでした。いつも通りに実施してあげたいという気持ちは、私だけではなく職員全員が持っていました。しかし、現在の日本や世界の状況を考えると国や県、市で示されたとおり実施することが最善策と捉えました。そして、示された条件の中で我々にできることを考えました。我々職員の出した結論は、職員全員で“贈る言葉”を卒業生に贈ろうというものでした。原案を担任が書き下ろし、全職員で推敲しました。本番では、感極まる職員もおり、卒業式の規模にかかわらず、卒業生に対する気持ちは不変のものであることを改めて感じました。卒業生に私たちの言葉が届いたかどうかはわかりませんが、例年にない卒業式の実施となったことで、職員が一つになって卒業生のための卒業式が実施できたのではないかと私は思っています。この丹生小学校での卒業式を、私は生涯忘れることはないでしょうし、子どもたちにとっても、何年、何十年たった時「私たちの卒業の時は・・・」と、記憶に残る卒業式になっていたならば幸いです。

7名の卒業生諸君、卒業おめでとう!

 

かわいい来客

トントン。ドアをノックする音が聞こえ、「どうぞ。」と声をかけると「失礼します。」と2組の子どもたちが入ってきました。そして、満面の笑顔で入ってくるやいなや「見てください。」と手に何かを持ています。よく見ると、かわいいパンダでした。「どうしたの。」とたずねると「繭で作りました。」と答えました。過日、1年生と一緒にまゆクラフトを体験したのですが、その講師の方から「礼儀正しい子どもたちで感動した。」とパンダ用の繭をいただいたのだそうです。それを上手に仕上げ校長室に見せに来てくれたのでした。

ひとり言(感謝!)

丹生地区の新年互礼会の折、地域の方と「今年はオリンピックイヤーなので、オリンピック経験者の齋藤先輩に話でもしてもらえるといいんですがねえ。」などと茶飲み話程度に何気なく会話をしました。数日たってその地域の方が学校にいらっしゃって「齋藤さんの実家に行って下話をしてきたんで、本人と連絡を取ってみてくんない。」と連絡先を教えてくださいました。私はすぐにご本人と連絡を取り、勤め先の上司の方とも連絡を取りました。その地域の方のおかげで話はトントン拍子に進み、オリンピアンである齋藤先輩の話を聞けることとなりました。本校に勤務して2年になりますが、多岐にわたり地域の方の気さくで温かい心に支えられ、子どもたちの教育が充実していることに改めて感謝しています。

 

ひとり言

始業日、いつものように信号の所で子どもたちが登校するのを待っていました。しかし、いつもと違い、この日は年明け最初に子どもたちと会います。私は、元気に新年のあいさつをしようと思って子どもたちを待っていました。最初にきたのは、八幡地区の子どもたちでした。私が「あけましておめでとうございます。」と声をかけると、「あけましておめでとうございます。」と、元気にあいさつが返ってきました。その後、次々と子どもたちが登校してあいさつを交わしました。中には、私より先に「校長先生、あけましておめでとうございます。」とあいさつした子もいました。また中には、立ち止まって頭を下げながら新年のあいさつをしてくれた子もいましたし、「今年もよろしくお願いします。」とあいさつをしてくれた子もいました。いつもと違うにもかかわらず、しっかりあいさつができる子どもたちって、本当にすごい、と感心しました。きっとお家の方の後ろ姿をみて学ぶのでしょうね。

ひとり言

現在、人権旬間中で、その一環として「ありがとうの木」に取り組んでいます。してもらって嬉しかったことや自分がしてあげたことを一枚の葉にメーセージを書き幹に葉を茂らせていくという取り組みです。お家の方にも協力していただき、各学年ともたくさんのありがとうが茂っています。

先日、4年生の男の子から私にもありがとうの葉が届きました。「毎朝、はたふりをありがとうございます。校長先生とあいさつをするのが楽しいです。」と書かれていました。その子は校区の端の方から登校してきます。そして、私に元気よく「校長先生、おはようございます。」と言ってハイタッチをしてくれます。私は、この瞬間がとても大好きです。一日が元気に送れる、そんな気持ちにさせてもらっています。私は、このメッセージをもらって、はっとしました。すごく感激したのはもちろんですが、それと同時に、ありがとうのメッセージを先に送らなければいけなかったのは自分じゃないのか・・・。周囲に気を配れない自分の器量・・・。猛省しました。

温かい家庭の中で、豊かで素直な心が育まれていることに、心がじーんとなりました。

「ありがとう」本当にすてきな言葉です。

 

朝礼から

今日の朝礼では、あいさつのレベルアップを意識してもらおうと、あるお話しを紹介して子どもたちに考えさせました。

お話しは以下の内容です。(  )の部分を子どもたち自身だったらどんなことができるかを考えさせました。

『ある寒い朝のことです。わたしは,7時過ぎに家内にたまれて家ごみの「ごみ袋」を持ち,ゴミステー ションへ向かいました。前の方から小学四年生くらいの子どもがゴミ袋を持ってゴミステーションに向かってきました。

わたしは,「おはよう。寒いね。」と言ってあいさつをしました。

ゴミステーションに着くなり,その子は,(        )して,(       )くれました。

そして,わたしがゴミ袋を入れるのを待って(        )くれました。

わたしは,「あなたは大変いいお子さんだね。」「よくお手伝いができるね。」と言ってその子をほめました。

わたしは,同じ地域にこんなによい子がいることに感動しました。年寄りのわたしに,礼儀正しくあいさつをし,早朝,寒い中にもかかわらず,こんなお手伝いができる立派な子です。わたしはただただ感心させられました。 

最近,丹生小の子は「大変よくあいさつができる」と地域の人がほめていますが,この時,その通りだということがわかりました。

すてきな小学生さん,ありがとう。』

あいさつは、相手と自分を繋げてくれます。そして、お互いの心を温かいものにしてくれます。さらに、あいさつがきっかけとなってつぎの行動へ・・・。そんな期待をこめて話をまとめました。

 

ひとり言

1年生の道徳の授業を参観に行ったときのことです。この時間のテーマは「個性(人はそれぞれが違ったよいところをもっていることに気づくこと)」でした。子どもたちが、いろいろな考えを発表していて、すごい1年生だなと思いながら授業を見ていました。その授業の中で担任が自分のいいところはどこか質問をしましたが、一つ二つ程度でなかなかたくさんは見つからなかったようすでした。そこで、「◯◯さんのいいとことってどんなとことかな。」と投げかけると、ほとんどの子どもたちが手を挙げ発表しました。自分のいいところ言ってもらったこは「なんか、うれしいな。」とつぶやき、はにかんだようすでした。どの子も周りの友だちのことを優しい眼差しで見ているんだなと思うと、この学級の雰囲気の素晴らしさが感じられる一コマでした。

 

朝礼から

過日の陸上記録会に5,6年生が参加しました。本校の体操着は目立つので、本校の子どもは良きにつけ、悪しきにつけ目立ちます。今回の陸上記録会では、複数の方から「丹生小の子は、(開会式)姿勢がいいね。」「返事がしっかりできますね。」などお褒めの言葉をいただきました。そこで、今回の朝礼では以下の旨の話をしました。

学校での勉強は、みなさんが外(社会)へ出たときのためです。あいさつも、学習も、ルールを守ることも学校の中だけでできても全く意味がありません。学校の外で使えるようになってこそ、自分の力となるのです。そんな意味で、陸上記録会での5,6年生の態度は立派でした。みなさんも、学校でたくさん学んで、その学んだことを学校外でも使えるようにしていきましょう。

子どもたちは、いろいろな場面を体験し、いろいろなことを考え、実行する中で成長しています。そんな子どもたちを頼もしく思います。

 

人権朝礼

本日の朝礼で人権に関わる話をしました。相田みつをさんの「セトモノとセトモノと」で始まる詩を読み、「誰とでも仲よく」をテーマに話を進めました。

『セトモノと

セトモノと

ぶつかりっこすると

すぐこわれちゃう

どっちか

やわらかければ

だいじょうぶ

やわらかいこころを

もちましょう

そういうわたしは

いつもセトモノ』

話を進める中で、「セトモノ」はちくちく言葉などの相手のことを考えない言葉や行動を取ってしまう心の状態、「やわらかいこころ」は相手のことを考えた、ふわふわ言葉などの優しく、相手を受け入れた言葉や行動が取れる心の状態と捉えました。子どもたちも、子どもなりにいろいろな体験をしていて、自分の考えももっています。強い言葉で言われると、強い言葉で返すのが当然(やられたらやり返す)と思っている子や強い言葉で返してはいけないと分かっていても強い言葉で返してしまうという子がいます。みんな人間です。いつも平常心でいられるわけではないので、ふわふわの柔らかい対応ができるわけありません。だから、みんながふわふわの柔らかい心で接するよう心がけることが大切なのだと思います。そうすれば、丹生小学校はもっともっと明るく楽しい学校になるはずです。

<以下ひとり言です>話を構成しながら、なにげなく自分自身を振り返ると自戒の念が湧いてきました。いかに自分がセトモノであるか。これから先、お陰様でという感謝の心で、ふわふわな柔らかい生き方ができるよう努力していきたいと思いました。

ひとり言

朝、各クラスの教室を周り子どもたちとあいさつを交わしています。今朝、1年生の教室へ行き「おはようございます。」とあいさつをすると、いつものように大きな声で「おはようございます。」とあいさつが返ってきました。すると、あいさつが終わるやいなや「校長先生見て下さい。」と何やらファイルをもって大勢の1年生が私のところにやってきました。見るとキャリアファイルで、その中に1枚のキャリアカードが差し込まれています。子どもたちは、嬉しそうにそのカードを私に見せにきたのです。カードには、子どもたちが産まれた頃や小さかった頃のことがお家の方の文字で書かれていました。そして、そこには当時の子どもたちの写真も貼ってありました。子どもたちは、「こんなにいっぱい書いてもらったよ。」「わたしが産まれてママは幸せだったんだって。」「0才で歩いたんだって。」「1才の写真なんだよ。」子どもたちの喜びはつきませんでした。子どもたちの満面の笑顔を見て、子どもたちは家族の愛情をいっぱい浴び、その愛情を無意識のうちに受けとめすくすく育っていることに、なんだかとても嬉しい気持ちになりました。

ひとり言

いつものように学校前の交差点で子どもたちの登校を待っていると「おはようございます。」と、元気に子どもたちが通り過ぎていきます。あと2班来ると登校完了だと思いながら待っていると、その2班は班長ではなく副班長が先頭で歩いてきました。「おはよう。◯◯くん、今日は班長なんだね。」と声をかけると、「1年生が転んでしまったので班長は、後から一緒に来ます。」というのです。

数分後、その班の班長と別の班の班長が、1年生を挟むようにして歩いてきました。話を聞いたところ、1年生がつまずいて転んでしまったので、その班の班長はすぐに「大丈夫。」と声をかけ手をさしのべて起こした後ケガのようすを確認したそうです。そして、大きな傷はないものの心配なので班の子は副班長に任せ先に行かせ、自分は1年生に寄り添う判断をしたのだそうです。

また、その時異常事態に気づいた50m先を歩いていた別の班の班長が、自分の班の子に「行ってくるから先に行ってて。」とその場に駆けつけ、「大丈夫。一緒に行こうね。」と優しく声をかけてくれたそうです。

二人の班長のとった行動と心の中を想像すると、とても心が温かくなると同時に判断の的確さは素晴らしいと思います。こんな素晴らしい行動の取れる子どもたちを誇りに思います。

転んでしまった1年生は、先に登校した1年生から連絡を受け待ち構えていた担任に手当てをしてもらいました。

ひとり言

休み時間に1年生の子どもたちに誘われ、鬼ごっこをしました。子どもたちを追いかけたり、子どもたちに追いかけられたりして遊んでいると、男の子と女の子がぶつかってしまい、女の子が前のめりに転んでしまいました。男の子はすぐに「ごめんね。大丈夫。」と女の子に手を差しだしました。(男の子が悪いわけではありませんが)女の子は、その差しだした手を握りしめ立ち上がりました。しかし、右の肘あたりを気にしながら涙目になっていました。私が「保健室で見てもらおうか。」と声をかけようとした瞬間、近くにいた女の子が「保健室に行こう。一緒に行ってあげる。」と寄り添いながら歩いていきました。ぶつかってしまった男の子の行動も、寄り添ってくれた女の子の行動も、私がこんな子どもに育って欲しいと思っている姿でした。それが、ついこの間入学してきた1年生の子どもたちが行動なのですから、目の前で見ていた私は胸は熱くなりました。

ひとり言

今朝、学校前の信号に立っていると1年生の女の子が、何やら鼻を押さえながら歩いてきました。「どうしたの?」と尋ねると「鼻血が出てきました。」と言うのです。するとすぐ後ろを歩いていた1年生の男の子が「はい。」とティッシュを差しだしました。女の子は黙って一番前を歩いていたので、後ろを歩いていた子どもたちは気づかなかったのだろうと思います。しかし、気づいた後の男の子の素早い対応にとてもうれしい気持ちになりました。女の子は、鼻血の量も少なく校門に着くころには止血していました。

朝礼から

昨年来、本校の子どもたちはあいさつがよくできるようになってきました。そこで、「あいさつをステップアップ」することで、さらに学校を、人間関係を素晴らしいものにしていくために子どもたちと「あいさつのステップアップ」について考えました。

子どもたちは、あいさつをすることがよいことだと言うことは知っていて、あいさつをするとあいさつを返してくれます。しかし、あいさつのもつ効果を引き出すあいさつをすることは難しいことです。そこで「ステップアップしたあいさつとはどんなものか」と子どもたちに投げかけました。すると、「相手に聞こえるように大きな声でする。」と発表してくれた子がいました。そして、その子に続くように「誰に行っているのか分かるように、相手を見て言う。」という意見も出てきました。子どもたちは、しっかり相手を意識してあいさつをしていることが分かります。これらのことが、より多くの子どもたちに波及していくことで集団は変わっていくと思います。最後、みんなで協力して、「みんなが仲よく、みんなが笑顔で、みんなが元気な 丹生小学校」にしていくことを約束しました。

校長室からの風景

昨日の雪が稲含山に微かに残り、桜とのマッチングがとても素敵だったので写真を撮ってみました。年度初めの慌ただしい中ですが、丹生の素晴らしい環境に目を向けられるゆとりを持って、子どもたちと向き合っていければと思います。しかし、慌ただしいのは職員だけで、子どもたちは新しい先生、新しい学年に対応し生き生きと活動しています。

お気に入りの風景

昨日、2年生の女の子が校長室を訪れて「校長先生に見せたいものがあるので来てください。」というので、言われるがままについて行くと、そこは図書室でした。面白い本を見つけたのかなと思ったのですが、その子の見せたいものは図書室から見える丹生の風景でした。そして、その子は「遠くに山があって、近くにも山があって、田んぼがあって、川があって、丹生は自然でいっぱいですね。私は、丹生小でよかったです。」と言いました。先日、地域の方がふるさと朝礼で「丹生のいいところ」について話をしてくださり「丹生のよさを知って、もっと丹生を好きになってください。」という話を聞いたばかりでした。だから、その時の話がその子の心にはしっかり残っていて、私に声をかけに来たのかなあと思いました。ふるさとに対する愛着、美しものに心を動かされる豊かな感性をもった子が育っていることを嬉しく思います。ちなみに、私もここから見える風景が大好きです。

今朝、蒸気が立ちこめる風景を撮ってみました。

昨年、初秋の風景です。

朝礼

朝礼で「節分」の話をしました。

「節分」の漢字の意味を問うと、すかさず6年生が「季節を分ける」と返してくれました。日本には季節がいくつあるかを問うと、今度は1年生が「春、夏、秋、冬の4つ」、3年生が「春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)」とこたえてくれました。実は節分は年に4回あること、その中でも春の節分が一年の始まりとして一番重要と考えられ豆まきなどの行事が行われるようになったこと話しました。(昔は春の始まりが1月1日とされていて、大晦日が節分だったことを補足説明しました。)また、鬼について、昔から病気だったり、災害だったり自分に都合の悪い(不利益をもたらす)ものを鬼と考えたことを話しました。最後に、子どもたちにどんな鬼を退治したいか聞いてみました。すると、しっかり自分を分析しているのでしょう「さぼり鬼」や「わすれんぼ鬼」などいろいろな鬼を発表してくれました。

今年の節分に、子どもたちがどんな鬼を退治するのか楽しみです。

始業式での話

年頭に当たり「未来への可能性を広げていこう」という話をしました。子どもたちの中には、将来の夢(目標)をもっている子も大勢います。もちろん、現時点では具体的な目標をもっていない子も大勢います。いずれにしても、子どもたちには平等に未来があります。その未来において、子どもたちには多くの可能性があります。しかし、その可能性は様々な条件や自分自身の生き方によって広がったり、狭まったりします。そこで、未来へ可能性を広げるためにはどうしたらよいのかを考えてみました。

・目標をもつ  ・自分と向き合える素直さ   ・へこたれない  ・粘り強く諦めない  ・人の良いところに気付ける  ・好奇心、探求心がある  ・自己肯定感、有用感が高い(自信をもつ)  ・前向に考える(思考の転換)  ・気持ちが表れたあいさつができる(コミュニケーション能力)   ・自分の考えがある    ・自分の力でやってみようとする  等

この他にもたくさんのことが考えられると思いますが、子どもたちには、このようなことの一つ一つが将来の自分をつくり、可能性を広げることに繋がるのだと話しました。

 

人権旬間

今日から本校の人権旬間(~14日)が始まりました。今日の朝礼で、人権について話をし、クラスに宿題を出しました。以下、話の概要です。

人権とは、人間が人間らしく暮らすことのできる権利です。自分だけがもっている権利ではなく、みんなが平等にもっている権利です。自分が楽しく暮らすために、周りにいる人が迷惑したり、いやな気持ちになったりしてはいけません。その周りにいる人は、いろいろな違い(個性)をもっています。身体に関わる個性、行動や言葉に関わる個性、考え方に関わる個性などです。では、「みなさんができる人権を考えた行動とは、どんなことがあるでしょうか?」クラスで考えてみてください。

学年により、「仲よく・親切・思いやり・感謝」などのキーワードを使って人権について意識したり、考えたりする2週間にしたいと思います。

朝礼;11月26日

子どもたちは、心の中に友達や周りの人に対する優しい気持ちをもっています。でも、それがうまく表現できなかったり、勇気がなかったりして伝えられないこともあります。そこで、子どもたちの背中を押すつもりで、相手に優しい気持ちが伝わると、がんばろう・ありがとう等のように幸せな気持ちになるから「相手に対する優しい気持ちを言葉や行動にしていこうね。」と、次の作文を紹介して伝えました。

 

私には幼稚園の頃から仲のいい友達がいました。中学まで一緒でしたが、高校では別の学校になってしまいました。でも、ずっと変わらず仲よしで親友でした。

その子は、いつも笑顔で、その子が他の子にからかわれたとき、私が心配そうにしていると「大丈夫だよ。」と笑っている、太陽のような子でした。

私が、悩んだとき一番に相談するのは、いつもその子でした。そして、私が相談したときには、いつも決まって「大丈夫だよ。」と言ってくれました。その子が「大丈夫だよ。」と笑顔で言ってくれることで、いつも私は、大丈夫と思え、安心しました。

ある日、その子から「来月入院することになったんだ。」と言われました。驚く私に、その子は「血液の病気なんだって。」と言いました。そして「大丈夫だよ。なり始めだから。」といつものように笑って言いました。その後、私はできるだけその子を元気づけようとお見舞いに行きました。その時も、いつもと変わらず「大丈夫だよ。」と笑顔で言葉を返してくれました。でも、お見舞いに行くたびにやせていくその子を見て、とても大丈夫ではないだろうと私は思いました。でも、その子はいつものように私の手を握りながら「大丈夫だよ。」と笑顔で言いました。

私は今、悩んだ時は空を見上げます。それは、いつもどんなときでも、私の心配する気持ちや不安な気持ちを思いやり「大丈夫だよ。」と声をかけてくるその子の笑顔が浮かんできて、心が落ち着くからです。

謝れることの大切さ

本日の朝礼で「謝れることの大切さ」について話をしました。

子どもだけではありませんが、我々の日常では、人をいやな気持ちにさせてしまうことがあります。そんなときどうしたらよいかを子どもたちと考えました。当然のように、子どもたちは「謝る。」と返してきました。しかし、わかっていても「謝る」ということがなかなかできない人も多いのです。自分のやってしまったことときちんと向き合い(やったことを認め振り返り、相手がどんな気持ちになったのか)謝れることが大切だと話しました。

人権朝礼

9月3日の人権朝礼で、熊本県の小学3年生が書いた「とびばこ」という作文を紹介しました。

運動の得意でない女の子が、体育で跳び箱を何度練習しても跳べず、周囲の笑い声が初めは小さかったのが失敗する度に大きく聞こえ、悔しさと恥ずかしさからその場から逃げ出したいと思います。しかし、その子は勇気をもって跳び続けました。そして、何回か失敗したとき「がんばれ!」と一人の子が叫びます。体育館は一瞬水を打ったように静まりかえります。みんなが何かに気づいた瞬間だったのでしょう。その後「笑ってごめん。」「がんばれ。」「もっと勢いをつけるといいよ。」という応援の言葉に変わります。すると未だかつて跳び箱を跳び越したことのなかった女の子が、跳び箱を跳び越えます。そして、体育館中に響き渡る拍手がわき起こるという内容の作文です。

日々の生活の中でも、悪気はないことで人を傷つけてしまう、ということはよくあることかと思います。でも、それに気付きその後どう行動するかを考えられるようになってほしいと思います。